おにぎりだもの

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【映画】THE GUILTY/ギルティ

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Netflixですごい映画を見たので、8億年くらいぶりにブログを書くことにした。

 

ジェイク・ギレンホール主演の映画「THE GUILTY/ギルティ」だ。


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予告編を見て少しでも興味が沸いたら、この先の文章は読まずに、Netflixでこの映画を観てほしい。これは全く予備知識がない状態で観るべき映画だからだ。ぜひ情報ゼロの状態でこの映画を鑑賞してもらいたい。

 

ここから先はなるべくネタバレを含まずに書くつもりだ。とはいえ、この映画はいくつもの伏線が複雑に仕込まれているので、この映画について言及することそのものが、ほんのりネタバレになることは免れない。未鑑賞の人はその点を理解した上で、この先を読み進めてほしい。

 

俺たち人間なんだっけ

主人公のJoeは警官で、911(日本の110番のようなもの)の電話番をしている。電話を受ける→内容を聞く→警察や病院など然るべき先に電話をつなぐ。それがJoeの仕事。深夜のオフィスは薄暗く、壁一面のモニターには山火事の様子がリアルタイムで映されている。Joeのデスクには3つのディスプレイがあり、受けた電話の情報が表示される。ひっきりなしに電話が鳴り続ける。

オフィスの人間たちは電話を受け、ディスプレイを確認し、電話を転送する。オフィスの人間同士の会話はない。隣の人間が大声で怒鳴ろうが、共用のコーヒーが切れていようが、誰も気にしない。電話→聞き取り→転送。電話→聞き取り→転送。電話の向こうの人間は911に緊急電話をかけてくるくらいだから、当然切羽詰まっている。しかし、Joeたちの感情が揺れることはない。時たま、その滑稽さに乾いた笑いが漏れるくらいだ。

 

私はこのシーンを見て、オフィスで時折感じるどうしようもない疎外感を思い起こした。映画の中のJoeも、オフィスにいる私も、その姿は人間というより、アルゴリズムに近い。インプット→処理→アウトプット。インプット→処理→アウトプット。「聞き取り」という定型化できない作業をしているように見えるけど、結局はインプットされた情報を一定のルールに則って処理しているだけなのだ。

 

そしてオフィスの中では「今度ビール飲もうぜ」という言葉でさえ、相手を思い通りに動かすために発せられる。コマンドプロンプトに打ち込まれる命令文と何が違うのだろう。映画の序盤では、人間というより機械に近い動きをするJoeの姿が描かれる。彼に自分を重ね合わせるホワイトカラーは少なくないだろう。その一方でJoeが何らかの問題を抱えていることが仄めかされる。その問題のせいで、彼は911で電話番をしており、またその仕事をしていることが別の問題を悪化させている。

 

音と文字の向こう側

鳴り続ける電話。ルーチンワークと化した転送作業。Joeは一本の電話をとる。嗚咽の合間に聞こえる掠れる声。ディスプレイに表示される、発信元の情報。電話の向こうの女は誘拐されたという。そこから大きく物語が動き出す。通話とディスプレイの位置情報だけで、Joeは女を救おうとする。

 

この映画が出色なのは、通話とディスプレイの位置情報だけで話が進んでいくところだ。カメラが映し出すのは、ほぼJoe一人だけ。Joeは額に汗しながら、音と文字の向こう側の状況を想像し、語りかける。時に相手を宥め、恫喝し、懇願する。観客もまた、何が起こっているのか想像するしかない。この映画の主人公はJoeだけではなく、もう一人いる。それはあなたの想像力なのだ。

 

「人間の知性の重要な機能に想像力があります。(略)想像力には他者感覚が必要です。他者感覚とは相手が自分と同じような存在であるという感覚ですが、そもそもAIには「自分」がないので他者感覚をもちえません」(國文功一郎 はじめてのスピノザ

 

電話と文字の向こう側を想像し、感情を揺すぶられることで、Joeは、我々は機械じみた存在から、血のかよった人間に戻る。そして時に想像力が思いもよらぬ方向に人間を導くことを知って戦慄する。最後には想像力を超えて、お互いの痛みと感情で人間同士が繋がる。

 

とまあ、表面的なサスペンス・ストーリーと並行して、人間心理の機微まで、ほぼ一人芝居でジェイク・ギレンホールが表現しきってしまうとんでもない映画だった。