おにぎりだもの

よしなしごとをつづっています。

ジョーカーたち

2021年10月31日、京王線刺傷事件は起った。京王線の特急車内で、男が刃物で他の乗客に斬りつけ、液体を撒いて放火した。無差別テロと言ってもいい恐ろしい事件だ。犯人は「ジョーカーに憧れていた」とウェブニュースで読んだ。犯人はジョーカーの仮装をしていた。その画像を見て、少しの間、私の息は止まった。

 

ジョーカーたち

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©️wanerbros

 

映画の世界にジョーカーは何人もいる。バットマンの敵役として、繰り返し繰り返しハリウッド映画に登場している。何人もの俳優がバットマンを演じた。私がスクリーンで見た記憶があるのはヒース・レジャー、ホアキン・フェニックスの2人が演じるバットマンだ。だから私にとってはヒース・レジャーが一人目のジョーカー、ホアキン・フェニックスが二人目のジョーカーになる。犯人のコスプレはヒース・レジャー版のジョーカーだった。

 

一人目のジョーカー

映画「ダークナイト」。2008年公開だから10年以上前の映画だ。この映画でヒース・レジャーが演じるジョーカーは、完全にイカれてて、凶悪で、掛け値なしにかっこよかった。主役のクリスチャン・ベールを完膚なきまでに喰っていた。私はアマプラでヒース・レジャーが出てくるシーンだけ何度も見た記憶がある。

 

スーツの裏に仕込んだ手榴弾でマフィアを脅すシーン、パーティーに乱入してナイフを振り回すシーン、留置場でバットマンにボコボコにされながら高笑いするシーン、トラックの荷台からバズーカをぶっ放すシーン、山ほど積んだ札束のてっぺんから滑り降りて、葉巻を投げて火を放つシーン。神経質な歩き方をしながら病院を爆破するシーン。その一挙一投足、眼差し、息遣いが全て凶悪で美しい。ヒース・レジャーが登場するシーンは全部が完璧だった。

 

自らの額に銃口を押し当てて、ヒース・レジャーは喋り続ける。「小さな無秩序で体制をひっくり返す。すると世の中は大混乱に陥る。俺は混乱の使者。何が混乱を起こす?恐怖だ。」社会のルールも、倫理も、そして自分の命ですら取るに足らないもののように踏み越えて、ただ混乱/カオスを巻き起こす。それがヒース・レジャー版のジョーカーだった。

 

二人目のジョーカー

そして2019年に映画「ジョーカー」が封切られた。今までバットマンの敵役でしかなかったジョーカーが主役を張る映画だ。「前作以上にめちゃくちゃカッコいいジョーカーが見られるに違いない!」映画の封切りの半年くらい前から、私はずっと楽しみにしていた。他のジョーカーファンたちも同じ思いだったと思う。封切り当日にワクワクしながら映画館に行った。

 

私の期待はズッタズタに裏切られた。ホアキン・フェニックスが演じるジョーカーは金も夢もない、女もいない、惨めな境遇で過ごしている。自分の存在が世界中から否定され、どうしようもなくなった瞬間にジョーカーは殺人を犯す。そして本人の意図するところなく、何となく周りから貧者のプロテストのアイコンに祭り上げられる。2019年のジョーカーは、2008年のジョーカーがスクリーンの中のおとぎ話に過ぎないことを明らかにしてしまった。現代のジョーカーはこの上なくしょぼくれた存在として描かれた。

 

「そのうち面白くなるはず」と思って見ていた映画は、気持ち悪いオッサンが2時間クネクネして終わってしまった。「私は何を見させられたのだろう」と考えながら映画館を出た。釈然としない思いで頭をいっぱいにしながら新宿の雑踏を歩いているうちに、耳の奥に「私、結婚するんです」と自信なげな、か細い声がよみがえってきた。

 

少しだけ昔話

私が東京に出てきたばかりの大学1年生の時の話。私はテレアポのバイトをしていた。確か時給が2000円を超えていた。座って電話応対をするだけでもらえる額としては、かなりおいしかった。電話の内容は簡単だった。お金を借りたい人が電話をかけてくる。年齢、職業、借りたい金額、使い道を聞いて、紙に記入する。それだけ。「ニコニコおひさまファイナンス」とかいう会社名だったと思う。テレアポのバイト先は業務委託で貸金業の電話受付を請け負っていたのだろう。

 

「ニコニコおひさまファイナンス」で借りられるお金には上限があった。いくらだったか忘れたが、確か50万くらいだったと思う。電話をかけてくる人たちは、たいてい上限いっぱいの金額を借りようとする。使い道は生活費が多かった。生活費を理由に50万を借りるということが、どれだけ危険な状態なのか、当時親の仕送りだけで生活していた私は分かっていないかった。ただ電話を受けて、聞いた内容を紙に書き続けた。

 

ある日、若い女性が電話をかけてきた。年齢を聞いた。私と同い歳だった。借りたい金額は上限の50万。使い道はと尋ねると、「私、結婚するんです。結婚費用に使います。」と自信なげな、か細い声で彼女は答えた。今から思えば、年齢も、借りたお金の使い道も嘘っぱちだったのかもしれない。しかし当時の私は一瞬息が止まった。手が震えて文字が上手く書けなくなった。当時18歳の私には結婚なんてまだまだ先の話でほとんどファンタジーだったし、50万なんて大金の使い道も、借りたとして返すアテも全くなかった。でも電話の向こうの同い年の女の子は、結婚のために50万を借りようとしている。彼女が背負っているものと、これから背負おうとしているものの重たさに私は戸惑ったのだ。

 

結局、事務的に聞き取りをして電話を切った。本当は「お金を借りないとできない結婚なんてやめた方がいいよ」って言いたかった。言ったところで何も変わらなかったかもしれない。でも、電話の向こうの彼女に何も言えなかったことを時々思い出して私は後悔した。少しずつ思い出す頻度も減って、20年が経った。ほとんど忘れていたけどジョーカーを見終わった後に、その彼女の声をふと思い出したのだった。

 

向こう側のジョーカー

これは想像でしかないのだけど、結婚資金のためにお金を彼女が借りたのだとしたら、借りる前よりも、彼女の人生は辛いものになったんじゃないかと思う。借金は鉄の首輪のようなものだ。金額が大きければ大きいほど、首輪は重くなり自由を失う。18歳で50万という借金はほとんど奴隷契約を結んだも同然だ。そっち側に行く前に、一声かけたかった。

 

ホアキン・フェニックスのジョーカーを見て、「誰か一人でも彼のことを思いやっていれば、彼は向こう側に行かずに済んだのでは」と考えたのだ。もしソーシャルワーカーが彼の話を本気で聞いて、彼の気持ちを理解しようとしていれば。もし雇用主が彼の才能を見出して雇用し続けていれば。もし同僚が彼を馬鹿にせずに仲良く過ごしていれば。もし彼が父親だと思っていた人物が、彼に誠意を持って対応していれば。もし、もし、もし。。。。

 

ホアキン・フェニックス演じる人物がジョーカーになってしまうまでに、何度も何度もいろんな人たちが彼を「向こう側」に押しやった。一度「向こう側」に行ってしまったら、彼を救う言葉はこの世のどこにも無くなってしまう。京王線刺傷事件の犯人も「向こう側」に行ってしまったうちの一人だ。犯人がホアキン・フェニックス版を見ていないのか、見たけど無視したのか、どちらかは分からない。もしホアキン・フェニックス版を見て、それでもヒース・レジャー版のジョーカーの仮装を選んだのだとしたら、ハリウッド映画ですら見切りをつけた、手垢まみれのヴィランの真似っこをして「向こう側」に行ったことになる。かける言葉が何も見当たらない。

 

同じようなことが、自分の周りでも起こっている。電話の向こうの彼女がその後どうなったかなんて、本当のことは分からない。でも、あの時もう少し彼女のことを考えて、何か言葉を発していればという思いは消えない。だから、映画を見終わった後に私は少しだけ周りの人に前より優しくすることに決めた。コンビニで買い物をしたら店員の目を見て笑いながら「ありがとう」っていうとか、電車でしんどそうな人に席を譲るとか、そんな何でもないことだ。それで何が変わるかと聞かれたら答えられないが、もしかしたら人を「向こう側」に押しやる力をほんの少し和らげることができるんじゃないか。そう思っている。