おにぎりだもの

よしなしごとをつづっています。

戦争が始まってしまった

2022年2月24日、戦争が始まってしまった。ロシア軍がウクライナに攻撃を始めた。

1週間後の3月3日に双方の死者が計3000人以上となった。(※1)

翌3月4日にロシア軍はザポロジエ原発に攻撃を加えて火災を発生させた。(※2)

 

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この文章を書いている3月5日現在、まだ戦闘は続いている。ウクライナ侵攻が始まって以来、息をつめるようにしてtwitterで戦況を追っていた。日を追うごとにウクライナが焦土と化していった。砲弾の跡も生々しい黒焦げの集合住宅、公道を走る戦車、家を捨てて荷物や幼子を抱えて国境に向けて逃げる群衆。日毎に増していくウクライナへの残虐行為に画面を見るのが辛くなった。

 

私は少なくともローヨッパではもう戦争は起こらないと思っていた。多少の威嚇行為が起こったとしても、他国に戦車で侵攻し、居住地に砲弾を撃ち込み、戦士たちが銃で殺し合うなんてことは、もう起こらないと思っていた。

 

なぜなら第一次、第二次世界大戦で、死体の山を越えて血の河を渡り、ようやく手にした平和を捨てるなんて選択を人間ができるとは思っていなかったからだ。あれほどの悲惨を忘れられる訳が無い。私は純粋にそう思っていた。その認識は私にとって、この世界の成り立ちの根幹のようなものだった。

 

だからロシアのウクライナ侵攻には非常にショックを受けた。飢えと痛みで動かせない人間などいない。軍隊という暴力装置の前で、人間は無力だ。戦争は人間から人間であることすら剥ぎ取って、完膚なきまでに痛めつけ、命を何でもないもののように奪っていく。再びその地獄に戻るなんてことが有り得るなんて。自分の目が信じられなかった。ウクライナの歴史を知っているとリヴィウやハルキウという地名を聞くだけで胸が痛むのに、そこにまた苦難の歴史が現在進行形で刻まれていくのが本当に見ていて苦しい。

 

どんなに体調が悪くても、食欲が無いなんて経験したことはなかった。でもこの数日、食欲がないし、料理する気にもなれなくて、レトルト食品と果物で最低限の栄養補給だけしている。何か気を紛らわそうとしても、ウクライナの戦士や、地下鉄の駅に避難している人たちの映像が頭から離れない。仕事してる間は集中してるけど、ふと時間が空くと戦渦にあるウクライナのことを考えてしまって涙が出そうになる。

 

ウクライナ大使館がtwitterで呼びかけていた口座に寄付金を送った。自分でできる限りのお金だから、ほんの少しだけど。ウクライナ支援のためにネットで署名した。焼石に水で何の役にも立たないだろうけど、どうしても何かしたかった。

 

共感の回路を閉じるべきなんだろう。でも私は昔から西洋文学が好きで、とりわけロシアはその異質さにずっと惹かれていた。そしてヨーロッパの歴史はとても魅惑的で、歴史の本を読み漁った。ロシアを含むヨーロッパはずっと私の興味関心の大きな部分を占めていた。つまり精神的な支柱に組み入れられてしまっている訳で、容易に切り離すことができない。

 

ロシアが戦争を始めて以来、言葉についてぼんやり考えている。第二次世界大戦後に多くの知識人が、大いなる愚行を分析し、批判し、反省した。それらのほとんどは再び愚行を犯さぬためだろう。でもまた戦争が起こった。アメリカをはじめ、フランス、イギリス、日本がロシアを強く非難した。永世中立国のスウェーデンですらその輪に加わった。激しい言葉でロシアに戦闘をやめるように迫った。でもまだ戦争は続いている。

 

言葉は短期的には暴力の前では無力だ。でも長期的にはペンは剣より強い。戦禍の記録は必ず後世の平和に繋がるはずと信じていた。言葉には力があると思っていた。でも目の前の現実は違う。戦後に重ねられた言葉も、いま発せられる声も存在しないかのように人が殺され続けている。

 

この気狂いじみた状況がいつ終わるのか全く分からない。

もしウクライナが倒れたら、私はどうやって現実と折り合いをつけられるんだろう。

1日も早くウクライナに平和が戻ってほしい。あの美しい土地にこれ以上悲しい歴史を刻まないで欲しい。その土地に夥しい血を流させているのが、長年親しんできたロシアだと思うと言葉がないくらい重い気分になる。ウクライナを祖国にする人に比べたら、私の葛藤なんてどれほどのものでもない、軽いものなのだけど、それでも考えずにはいられない。

 

悩みながら戦争が一日でも早く終わるように祈ることしかできない。

 

とりとめのない文章になった。